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INTERVIEW No.12


「U.S.リノベーション事情」

馬場正尊 / Masataka Baba

早稲田大学大学院理工学研究科建築工学専攻を修後、(株)博報堂を経て同大学博士課程に復学、そして満期退学。2002年 BABA ATELIER Ltd.を設立、都市計画、デザイン、プロデュース、コンサルティングなどを手掛ける。建築メディア界で異色の雑誌『A』を98年より刊行し編集長をつとめ、また沖縄チルドレンミュージアムの家具設計から(有)ワークショップウェアを沖縄市に設立、その取締役でもある。さらに都市の再生プロジェクト「R-project」のディレクターであるなど、建築界、デザイン界のなかでたくさんの違った顔を持つ異端児である。

ブルースタジオ(以下BS) 馬場正尊(以下MB)

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ィッツジェラルドの事務所
photo:Daici Ano

MB そうそう、今度ブルースタジオを取材させて欲しいんだけれど、、、逆に。
BS いきなり奇襲攻撃ですね。いいですよ。でも、それはまた後で打ち合わせしましょう。。。
MB そうしようか。
BS 馬場さんは去年アメリカに行かれましたよね。リノベーションやコンバージョンの事例もたくさんご覧になられたと思いますが。
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コンバージョンされた天井高の高い室内
photo:Daici Ano
MB LA、NY、シカゴに行って来た!詳しくは本(写真)を見てもらえればいいですけれども、驚くべき事にデザイナー達の動きが経済を引っ張っていた状況があったんです。ソーホーもチェルシーも廃虚同然のところに始めに入り込んだ人達がいたおかげで、今、最もブランド力のある場所になっているでしょ。シカゴのコンバージョンブームも小数の人達による20年以上に及ぶ時間と実績の積み重ねによってついに制度を動かしたんです。パトリック・フィッツジェラルドという建築家なんかは、小さな工場を買ってそれを4つの住居にコンバージョンしてそのうちのひとつに自分が住み、あとの3つを人に貸したという本当に小さなプロジェクトからデベロッパーとしてのキャリアも意識するようになったと自分で言ってたんだね。今では彼は巨大なビルを所有し自身の設計事務所を1階に構えながら2階以上を住居転用(=住居へのコンバージョン)して賃貸している(写真)。オフィスだったところや倉庫だったところを住居に変えているので、例えば天井高が圧倒的に高いというようなコンバージョンでしか得られないメリットもあるようでした(写真)。彼の職能はデザイナーなのか、デベロッパーなのか。こういう状況ができるまで、シカゴでは20年かかったというんですね。でもそういうことは僕らのすぐ近くでも起こりつつあるような気がしていて、日本ではほんの数年でやってしまうんじゃないかって気がするよ。
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オフィスビルが住居に(シカゴ)
photo:Daici Ano
BS ところで、シカゴの人達はどうやってその物件を見つけるのでしょう?
MB 例えばシカゴでは、コンバージョンがもうかなり一般的な概念になっているみたい。だから「新築かコンバージョンか」という選択肢が普通に用意されていて、コンバージョンという言葉自体が完全に市民権を得ているように見えた。日本でもそんなに遠くない時期に、普通の住宅情報誌でも「コンバージョン特集」なんかが組まれるかもしれないよね。そして、それが社会に定着してくるんだと思う。
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工場がコンプレックスに(LA)
photo:Daici Ano
BS ところで馬場さんがリノベーションに初めて触れたきっかけは何ですか?
MB 2年前の東京デザイナーズブロックに参加したのがきっかけで黒崎社長と知り合ったんですけれど、ある朝彼から電話があって「外資系の銀行が不良債券化したビルを安く買ったのはいいが、何とかバリューアップして高く売りたいからということで話を受けた。デザインの力で何とかバリューアップしたい。」っていうことを聞いたんです。その一本の電話が大きな意味を持っていましたね。「これはただデザインの問題ではなくて、社会問題なんじゃないか」といった印象を受けましたね。以前からデザインと経済の乖離に強い問題意識を持っていたけれど、まさにここに僕らがデザイナーとして取り組むべきシゴトがあるような気がした。
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工場がスタジオに(NY)
photo:Daici Ano
BS 私たちブルースタジオも設計事務所でありデザイン事務所なのですが、やはりより社会的な立場にいたいし、より経済活動に近い立場にいたいんです。
MB そうでしょ。かつて建築の世界では「建築=ハイ・アート」と位置付けられて来た経緯もあって、それはそれで必要な事であったかも知れないけれど、デザイナーがもっと経済の一部に積極的にコミットしても良い時期なのではないか思います。かつて建築家やデザイナーってプロジェクトの初めから終わりまでかなりの部分を受け持っていた時代もあったんだと思いますが、今の時代に生きている僕らはそれがどんどん狭められているのを感じるんです。機能が細分化してしまっているんです。それをもう一回考えなおして、都市ができていくプロセスの最初のほうからプロジェクトに参画してみたい。「デザイン領域の再定義」って言っているんですが、デザインする前の経済や制度、計画の段階から僕らが関れる仕組みをつくりたいんです。また、それは時代の必然だという気がしてます。
BS 共感するところばかりですね。僕がブルースタジオにいるのもそれをやりたいからです。今日はお時間頂きありがとうございました。
MB じゃ、今度こっちからブルースタジオを取材するから。。。
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R-projectのコンセプトブック

2003年2月6日 A 編集部にて
インタビュアー:泥谷英明(blue studio)

馬場正尊

Masataka Baba





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