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INTERVIEW No.29


いかに使うか・・・コンバージョンの研究

佐藤考一 / Koichi Sato

2年前、「コンバージョンによる都市再生」という先駆的な研究成果が一冊の本にまとめられた。世界的な潮流でもあった「建築物の用途変更(=コンバージョ ン)による再生技術」がいよいよ日本でも着目されはじめたころで、その分野ではほぼ最初の研究成果と言えよう。その中心研究メンバーでもあった佐藤考一氏 (当時、東京大学)にお話しを伺った。

ブルースタジオ(以下BS) 佐藤考一(以下KS)

「いかに使うか」を研究テーマに

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BS 先ず初めにお伺いしたいと思いますが、どういう経緯で「コンバージョン」というテーマにご興味をお持ちになられたのでしょうか。当時、非常に先駆的なテーマだったわけですが。
KS もともとは、松村先生がNYに行ったことがはじまりです。でも、その目的は初めは「コンバージョン」ではありませんでした。
BS ?・・・では、どういうテーマだったのでしょうか。
KS 「超高層ビルがどのように取り壊されているのか?」これを調査するのが目的でした。日本でもストック時代に入っていく事がわかっておりましたから、 これは非常に興味のあるテーマでした。ダイナマイトで建築物を破壊するようなやり方もあるのでしょうが、取壊しが難しい都心の超高層がどう更新されるのか、その姿を調査しようとしたわけです。・・・ところが現地に入ってみると一握りの例外を除いて「取り壊されていなかった」わけです。都心の超高層は取り壊されずに使い続けられていたということがわかり、研究のテーマも自ずと変更され、それで「コンバージョン」研究に至ったというわけです。その後、建築学会でオープンビルディングの産業化小委員会というところが母体となり文部科学省に「コンバージョン」をテーマとした研究助成を申請、松村先生を中心とする研究チームができました。
BS 「如何に使うか」の研究は「如何に壊すか」から始まったわけですね。非常に興味深いです。
KS ローワー・マンハッタンで空オフィスを住宅に用途変更する際に、行政は固定資産税を優遇してコンバージョンの活性化を誘導したんです。松村先生もそれを視察した時に「ああ、オフィスが住宅になる。」と初めて気付かれたということだったようです。それからしばらくして私はこの研究会に誘われたんです が、その時ににわかには信じられなかったんです。「オフィスを住宅にする?またご冗談を・・・」と。確かにNYでは存在する話しかもしれませんが、日本では、相対的に小規模なオフィスが多いですし、個人オーナーの比率も高い。そういった環境でコンバージョンをドライに成立させるのは難しいようにも思ったわけです。「ストックの時代であるし、産廃を減らすという意味でも大切な研究だ」と頭では分かっていても、どこか違和感があったのも事実です。
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「コンバージョンによる都市再生」(2002/日刊建設通信新聞社)

行政が「都市のビジョン」を語ることが大切

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「コンバージョン [計画・設計]マニュアル」(2004/株式会社エクスナレッジ)

BS 正直なところ申しますと、実務レベルで仕事をしているわれわれもそれに近い違和感を感じる時はあります。それは、まだまだコンバージョンは発展途上であって、それぞれの特殊事例の実績を積み重ねていく段階に過ぎないからだと思います。シカゴやシドニーの事例がそっくりそのまま日本に当てはまるわけではないと思いますが、今後もっと「日本版コンバージョン」が普及・伝播していくためには何が必要だとお感じですか。
KS 資金ですね。この一点に尽きるように思います。不動産鑑定も担保評価から収益評価に少しずつ変わって来たとは言っても、最終的にお金を出す銀行が担 保評価のシステムから抜けだせていません。実は各都市でもコンバージョンの初期段階ではほぼ同じ状況がありましたが、そういう膠着状態を変えるキッカケというのがどこのケースでもあったんです。
BS それはなんでしょうか。
KS それは、税制の優遇であったりそれを含めた政策です。日本でも、コンバージョンの賃貸住宅の補助金制度ができたりしましたが、大きなインパクトを与 えるには至っておりません。各国でこれらが大きなインパクトを与えることになったのは、行政が都市のビジョンを示したことが大きな要因です。「これから街の中心街はオフィスを住宅に用途変更を進めて、住みやすい街をつくる。」という宣言です。
BS 今のお話しは、日本で言うところの「用途地域」による建築用途の誘導というレベルとは違うのでしょうか。
KS それは、違います。もう少し大きいレベルの話です。例えば、シカゴでは容積率を変更していますが、それだけ強い危機意識を持っていたということです。一般的に、容積率に手を入れるという事は非常に議論が必要になるだけでなく、日本以上に都市計画の拘束の大きい地域なわけですから・・・これは相当、意識が高かったということが分かるでしょう。
BS その動機のひとつに「都心回帰」という要因もあるのでしょうか。
KS それ以上にどの都市にも共通しているのが、「80年代にオフィスを過剰供給した」という状況です。どこも空室率にして20%近い状況。これも大きな要因です。
BS どうでしょうか、東京ではそれとは少し違った状況のように思いますが。例えば、2003年問題と盛んに騒がれましたが、多少の影響を一時的に与えただけで「ソフトランディングしたな」と言うのが、私の感想でもあります。
KS 確かに空室率で表現すれば8%という水準ですので東京は少し状況が違うかもしれません。今の東京の状況は新築オフィスへのリロケーションが進み 「入っているビル」と「入らないビル」の二極化への進行過程と考えています。これからは「空室率」よりも「空きビル」が問題になるのではないでしょうか。
BS 行政が街のビジョンをアナウンスする事がひとつの大きな原動力になるというお話しがありました。ぶっちゃけた話、東京ではどうなんでしょうか。例えば、区レベルでいうと・・・
KS 各区行政の方々の前でプレゼンテーションした事もありました。反応は区ごとにまちまちでしたが、全体としては「まだまだ様子見」といったところです。
BS 佐藤さんは、研究会で各国・各都市の状況をリサーチされてこられたわけですが、各都市行政の「コンバージョンを奨励するビジョンアナウンスメント」の前には、コンバージョンに関して何らかの実績があったのでしょうか、あるいは無かったのでしょうか。あったとしたらそれはどういう人がリスクを取ったのでしょうか?
KS アナウンスメントの前に実績はほぼなかったと言えます。ただ各都市で共通しているのは、そのアナウンスメントの前にレポートが出ている事です。パリとロンドンの場合のレポートを入手できたのですが、そこには、「実績はない」ということと、「この事業は難しい」という見解が示されているんです。「だから政策で誘導しなくてはならない」ということになるわけですね。しかしもちろん、「コンバージョンを進めない」ことを宣言した地区もあります。例えばロンドンでは市内の各区によってこのポリシーが異なりますので、コンバージョンを誘導する区もある一方、それを誘導しない区もあります。人口問題、雇用問題、様々な行政課題とリンクしています。

「建築はどのくらいもつのか?」

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BS 日本のコンバージョンはこれからどのようなところへ向かうのでしょうか。
KS 野球に例えて言うと、スタジアムも作った。客席も埋まった。だけどプレーヤーが現れない。みんないつ試合が始まるのかうずうずして待っている、そういう状況かもしれません。シカゴでコンバージョンで成功した建築家フィッツジェラルド氏は、コンバージョンが普及するために「成功事例がいかに重要か」ということを再三言っていました。ラティス青山はそういう意味で言うと「成功事例」と言えるでしょう。ただ、東京45%のオフィスビルを所有していると推定される個人オーナーもしくは零細企業が、この「成功事例」を彼ら自身の問題として考えにくいというところに難しさがあります。やはり、隣のオフィスビルが、住宅に変わり、投資効率も良く、税制優遇も受けた、、、そういうもっと身近なフェーズにまで話が落ちてこないとコンバージョンは普及しないと思います。そのためには、行政側の何らかの「後押し」が求められると考えています。
BS 松村先生がマンハッタンで古い超高層ビルを何本も経営・管理する企業の責任者と技術責任者に「古いビルは何年もつと考えているのか?」と質問したところ、エンジニアの返事は「何年もつかなんて考えたこともないけれど、後300年くらいは平気なんじゃないでしょうか」との気の抜けたもので、「この問題に関する日米の捉え方の違いが明らかになった」と言及されているのを拝読したことがあります。「建築物はどのくらいもつのか?」というこの種の問いを、佐藤さんはどのようにお考えですが?
KS それは、(建築)計画の対象です。つまり「後何年もたせるのか?」ということは個別に計画されるべきものであって、建築物一般にそれが○○年もつということを言えるわけではないということです。旧耐震以前の建築物はいずれにしても耐震補強をしなくてはなりませんが、きちんと耐震補強すればそれは新築同様の耐震性があると考えることができます。
BS 海外と日本では耐久性に関する考え方が随分違うのでは、と想像するのですが?
KS 「耐久性に関する考えが違う」・・・そういう言い方も出来るかもしれませんね・・・「社会的に」という意味においてですが。というのも、日本人は震災も経験し、火事になれば木造家屋が焼け落ちるということを体験的に知っていますから「建築物はある時期がくれば更新されるモノ」という感覚が強い。一 方、欧米人は決してそうは考えません。彼らは「建築物は永遠に存続するもの」と捉えています。ただ、建築物の耐久性はメンテナンスによっても大きく左右されるということを忘れていはいけません。
BS 私もそう思います。マンション購入を検討している方とお話しをする機会が多いですが、「どのくらいもつか?」の問題の中でも、「メンテナンス」のことは案外盲点になっている事が多いように思います。
KS マンションは・・・もちろん、現在は違うわけですけれど・・・今まで比較的長い間「死ぬまでそこに住む」という考え方で購入されて来ませんでした。 そういう感覚の中ではメンテナンスの優先度が低くなるわけです。「自分が逃げ切るまでもてばいいんだ」・・・そういう心理とでもいいましょうか。
BS でも、そのメンタリティーは変わる必要がありますよね。コンバージョンを広めていくためだけでなく、建物を長く大切に使っていくためにも。
KS そうだと思います。

コンバージョンはまだ試行錯誤の段階かもしれないが、各国の先行事例が建築業界、建設業界、不動産業界に教えてくれることも非常に多い。今回改めて研究レポートを読み、世界の中で自分たちのスタンドポイントが分かったような気がしました。もうすこし道は続きます。

2004年6月24日 東京大学工学部にて
インタビュアー:泥谷英明(blue studio)
撮影:武井良介

佐藤考一

Koichi Sato

工学博士。佐藤建築計画室主宰。
前東京大学工学系研究科・研究支援員





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