Magazine


一覧へ

INTERVIEW No.30


ものづくりの原点

谷 信雪 / Nobuyuki Tani

電化製品・家具・雑貨・車椅子、そして見たことの無い楽しい自転車をつくり続けるCYCLE BOY谷信雪氏。氏のものづくりに対する想いを伺った。

ブルースタジオ(以下BS) 谷 信雪(以下NT)

自分の欲しいものをつくる

iw30_02.jpg
シンガポール製の古い自転車を手直ししたもの。
古いパーツと一口に言っても、お客さんがずっと大事に
していた自転車の部品から、廃品、自転車メーカーの
倉庫で20年眠っていた新品状態の部品まで様々。

BS 自転車屋さんをやる前はシャープでプロダクトデザインをやっていたということですが、どういったものをつくっていたんですか?
NT ラジカセ・TV・ステレオ。。。電化製品のデザインをいろいろやってきて、特にラジカセが 好きでたくさん作ってきた。サラリーマンとしてどうやってつくってきたかというと、自分の 作りたいものを自分の会社を使って作っちゃおうと思ってデザインしていたんだ。営業との打 ち合わせとかどんなメーカーでもあるんだけど、営業の話は全然聞かないで自分の好きなもの をつくってきたね。
BS 会社としてはその商品を買うターゲットというのは設定されているんじゃないですか?
NT 会社としてはマーケティングとかターゲットを絞るツールは勿論あるけど、マスメディア に対してリサーチって何かな?という疑問がまずあったから。漠然とした「みんな」のことな んてわからないんじゃないかと。だからいつも「このラジカセは自分が欲しい」とか「彼女に プレゼントしたい」とかそういうのがコンセプトだった。 言われた通り言われたまま作るというデザインの能力も必要だけど、最初のインスピレーショ ンはマーケティングの統計の世界から汲み取って作るものじゃないと思う。そのデータをどう 読むかによって価値観も全然違ってきてしまうし、結論としてマーケティングというものさし は自分には無いかなって。
BS 組織の中で電化製品をつくっていた時も、家業である自転車屋さんを継いで個人として自転 車をつくるようになっても、谷さんにとって基本的なものづくりのスタンスは何も変わらない ということですね。
NT 変わってないなぁ。例えば僕らには骨董の趣味は無いけれど、古い車がいいなぁとか古い カメラがいいなぁってどうして思うのか?それは作り手の情熱がそうさせているんだと思うんだ。作りたくて仕方のなかったものが、時間を飛び越えて手に取った人間に感じさせるんだと 思う。今そういう情熱がモノにあるかな?みんな仕事としてデザインし過ぎているよね。本当 に自分が欲しいものをつくっていないから、魅力が無いものが多い気がする。

一緒の景色

BS お客さんの「言語化できないけれど欲しいもの」を具体的なかたちにしたり、お客さんの喜ぶ顔がみたいというのは第一ではある。けれどもプロダクトなら自分 が使いたいとか、建築だったら自分がここに住みたいという気持ちが無かったら、製作者としてはある種の失敗なのかもしれないですね。
iw30_03.jpg
フレームの横についている丸いパーツは、アメリカ製のバイクに使用されていたドラムブレーキ。
タイヤはマウンテンバイク用。自転車版ハーレー!?
NT そうだね。お客さんと製作者の隔たりを埋めるには、例えば役者と一緒で「演じる」ということが大切で「お客さんの目になりきれるかどうか」という賜物だと 思う。僕はいつもお客さんに対して「コレとコレを使ってこうやって作りますよ」という説明をしたことが無い。イメージを言葉で聞くだけなんだけど、「かわ いらしいのを作って」とかお客さんは言う。じゃあ「かわいいって何?」というのがあるんだけど、それを知るにはそのお客さんのバックボーンのイメージを二 人で共感すること。あとはまかせてって。そしてふたりが見たことの無い自転車を作る。
BS そのお客さんのバックボーンのイメージとか感覚的なものを汲む時、例えば自転車と関係のない話をするんですか?
NT そう。お客さんに会って話している時、お客さんの一言、例えば「かわいい」というキーポイントを自分で消化する。その「かわいい」に共感できたら後は勝手 に作るんだけど、不思議と結果は一つしか無いんだよね。いろんなハンドルを選んでも「これだ!」っていうのはひとつしかない。「じゃあその基準は何よ?」 と言われたら、それは自分のバックボーン、自分の景色がそうさせているんだよね。自分の景色の中にお客さんの景色を取り込んで、一緒の景色を見て「これだ な!」っていうのが出てくる。
BS それは谷さんと「その」お客さんだから出来る自転車があるということですね。おもしろい部品が入ったから今度使おう!というのがあっても、モノにはそれを使うふさわしいタイミングと組み合わせがあるということですか?
NT うん、不思議とあるんだよね。ねじ一個までこれじゃなくちゃダメだ!っていうのはあるんだ。しかもパーツで選んで組み合わせた時、かごはすごくいいのにハ ンドルが駄目というのは結果として駄目なワケ。もし自分のイメージはこれではないとか、ピッタリなパーツが世の中に無ければ自分で作っちゃうし。車体でも ハンドルでも。
BS パーツを作る時って、原寸図で工場の職人さんとやりとりするんですか?
NT ラフなペン図を送って、手で点付けして、仮組して。職人さんは図面をおこすけど、図面でやり取りしたことは無いなぁ。いつも現物でやりとり(笑)。「もうちょっと上に曲げて」とか。

一生懸命さを出さないように

BS 車のデザインで曲線を決める時もそういうカンジですよね。
iw30_04.jpg
皮製のサドル。オランダ製。
NT 同じだね。あと僕の場合、自分の作りたいものをどうやって作る?という時、僕は一生懸命作ったりデザインしたりするんだけど、その一生懸命さは表に出ないようにつくるというのが、僕のものづくりのコンセプトでもある。
BS 何故?
NT 僕の「作品」になっちゃうから。お客さんに対して「僕の一生懸命作った自転車を大事に乗ってよ」というのはおかしい。どこに自分を入れるか?じゃないけれ ど、ある一線を越えたら「谷の作品」になってしまう。お客さんのことだけシュミレーションできたらいいんだけど、自分の中の作家性というか「もっといっぱ いの人に見て欲しい」というような気持ちが全面に出ると、そういうものを作ってしまう。その一線の引き方はとても微妙なものなんだけど、そこで止めないと 谷の「一人満足の自転車」を作ってしまうんだよね。僕の作家性とかブランドみたいなものを、お客さんが好んでくれることはあるかもしれないけれど、僕とし てはそういうのは気持ち悪いと思うから出ないように意識している。
BS では、自転車に対する特別な意識がありますか?「ものをつくる」中の一つでしかない?車椅子や時計などいろいろ作られていますよね。
NT 会社を辞めてずっと自転車をやりながらプロダクトデザインをやり続けている。つくることが仕事だと思っている。僕は自分のライフスタイルをすごく大 事にしているのね。だからライフスタイルを大事にしている人の自転車がつくれるのかなって思う。自転車というか、ものづくり全般においてね。自転車を何故 やっているかといえば、乗っていて楽しいというがある。ちっちゃい頃、初めて自転車に乗れた時のようなドキドキ感が今でもあって。僕がつくっている自転車 は両極で「試合で絶対勝つ自転車」と「乗りづらい自転車」その両方を作っているんだよね。
BS (笑)。その乗りづらさは・・・?
NT 慣れていくとこんな風にも曲がれるとか、日常なんだけど非日常みたいな。そういう発見があるだろう、うんと乗っていくとこんなにも違う世界も見えてくると いうのが、自転車にはあるんだと思う。小さい頃初めて自転車に乗れた時、上手に曲がれた時、その時感じた喜びの延長にいるんだよね。一方勝つための自転車 というのは、自分が持っている運動効率の経験値を盛り込んだ、軽量とか速いとかレースに勝つための自転車。その両方を追わないといけない。乗りづらさの中 にも技術的な裏づけが無ければならないし。
BS 例えば技術力の集大成のような速く走るための自転車だけれども、見たことの無いかたちの自転車というのはあり得ますか?
NT ありえるよ。ただ100年も自転車のかたちはかわってないんだよね。ドロップハンドルで三角形のフレームで。それを一人の人生の中においてそれを飛びぬけて・・・っていうのは知れば知るほど難しいんじゃないかなぁ。
BS 椅子も同じですね。180年も愛されているトーネットの椅子とか。長く使われる・長く愛されるというのにはそれなりの理由があるんでしょうね。
NT 一本だけ作っているわけじゃなくて、ながーく「座りやすさとは何か」というのを求めてつくってきた結果だから、そう簡単に太刀打ちできないよね。自転車のハンドルしかり、トーネットの椅子しかり。
BS 谷さんは昔のフレームなど古い部品をたくさん持っていますが、そういうものを採用する理由はあるんですか?
NT 昔のモノへの興味はやっぱり情熱だよね。そのモノがいいとか悪いとかと判断するのは直感。「このフレームは、職人たちが凄い情熱を持ってつくりたいと思っ たんだな!」というのがわかる。いいなって思うのはそこからきてる。で、そのフレームをよく調べると手間も技術も「こんなの今つくれないよ!」というのが あるんだよね。そういう情熱に触発されるし、それを使って全体を組み立てていく作業をしたくなる。

見せびらかしたい車椅子

BS 個人の自転車だけでなく、「45RPM」や「キャピタル」といったファッションメーカーのオリジナル自転車を作ったり、コンランショップで自転車のエキシビジョンをされたりしていますが。
iw30_05.jpg
45RPMのオリジナル自転車。
古いパーツでモデルをつくり、工場で700台量産されたもの。
NT 作家としてつくることは極力避けているから、コンランショップでの展示ではお客さんの自転車を借りて持っていったんだ(笑)。45RPMの自転車は年間 100万円以上買ったお客さんにプレゼントするための自転車。モデルをつくって700台工場でつくってもらって。モデルは古いパーツも使っているけど、 700台もあるから新たにパーツはつくってもらって。
BS キャピタルでは車椅子をつくられてますよね。車椅子をデザインすることになったきっかけは?
NT キャピタルは洋服屋さんでハンディキャップのある人の洋服もデザインしているんだけど、片手でボタンが止められたり、片手でベルトを締められたりそういう 用途上の配慮もなされているが、とにかくかっこいい洋服をつくっている。キャピタルの平田さんに「かっこいい車椅子って無いよね。無いから作ってよ。」っ て言われて。いわゆる健常者には、洋服や自転車ひとつ選ぶにも選択の余地があるのに、障がい者にはほとんど無い。車椅子を必要としている人にとっては自分 の身体の一部なのに、色ひとつ形ひとつ選ぶ余地が無い。それはおかしいなと思って。だから「この車椅子に乗って外に出たい、見せびらかしたい」っていうの が最初のコンセプト。車椅子に関して言えば、自転車屋がつくる車椅子は車椅子屋がつくるものよりも回転部分のノウハウがあるんだ。例えばホイールはバス ケットの試合用のホイールを使っている。
BS パラリンピックなどでみるバスケットの車椅子は、自転車屋さんがつくっているんですか?
 iw30_06.jpg
キャピタルの車椅子。アルミパイプの曲線が美しい。
美しいだけでなく、乗り心地もバツクン。
NT 自転車屋が作っていたりするんだよね。この車椅子の前輪の小さな車輪は、回転に自由が利いてベアリングのよいインラインスケートの車輪。シートは椅 子屋さんがつくっているから、車椅子のシートより遥かに座りやすさを意識していると思うよ。シートは皮でいろんな色が選べるしね。フレームはアルミ製でベ ンダーで一気に曲げていて、強度を持たせるため中身は二重になっているけどとても軽い。それから車椅子を必要としている人と言っても、足がまっすぐ硬直し ている人もいれば半身不随の人もいるから、足を乗せる位置を変えられたり右手だけで操作ができたりと、工場で組み立てる時に、使う人に合わせられる余地は 持たせている。
BS は車椅子を必要としている人間では無いですけど、いわゆる健常者とか障がい者とか関係なく、座れて360°回転する乗り物としておもしろいですね。またぐのではなくシートに腰掛けて移動できるし、座ったまま井戸端会議もできる!裏原あたりで見られそう(笑)。
NT そうだね。立ち話しなくて済む(笑)。
BS これからも自転車だけでなく、おもしろくて気持ちのよいものをたくさん見せて下さい。今日はありがとうございました。
山田 こちらこそ、どうもありがとう。

自分の生活を大切にし、お客さんの欲しいもののイメージをお客さんと共同作業するように現実化させる。ゆったりとした物腰で、真剣にものづくりについて語られる姿がとても印象的でした。

2004年8月12日 CYCLEBOYにて
インタビュアー:大川幸恵(blue studio)

谷 信雪

Nobuyuki Tani

1962東京生まれ
1983育英高専 専攻プロダクトデザイン卒業
1983シャープ株式会社 総合デザイン本部勤務
1994自転車の時代が来ると思い、自転車屋を始める 屋号[CYCLE BOY]





Rent / Sale

Magazine

Portfolio