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INTERVIEW No.31


NATURIAL
~ 森と対話しながら生まれた心象風景

稲垣弘子 / Hiroko Inagaki

「NATURIAL」(nature/自然+ neutral/ニュートラルの造語)というタイトルのもと、7月に渋谷で作品展を行った画家の稲垣弘子氏。緑豊かな里山の中にあるアトリエでの日常、自然観、制作スタイルに迫った。

ブルースタジオ(以下BS) 稲垣弘子(以下HI)

鶴川の里山

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鶴川の里山。地元の人が営む畑と山の風景。
東京都内とは思えない程、緑が濃く色鮮やか。

BS 東京都内とは思えないほど緑が豊かですね。鶴川はあちこちに山や竹林が残っていますが、ここの竹林もすごい!屋外は、彫刻家の方たちが制作の場として使用しているんですか?
HI そう。私がここに来る前から、彫刻家の人たちはここをずっとアトリエにしているんです。彫刻って場所がいるでしょう?重機も使うし音も出るし。今は10人の彫刻家が野外で制作し、建物の方は休憩室と私のアトリエがあります。
BS この場所で、稲垣さんはいつもどういう風に制作しているのですか?
HI 自宅は別にあるので車でアトリエに来て、毎日小一時間散歩して、スケッチしたり。やっぱり無いものは描けない から。私は一見抽象的な表現をしているけれど、抽象的なものというのは自分の中に何かを取り入れてそれを分解していくだけの話。「自分の中に入ってくるも のは何か」「日常見るものは何か」とかそういうことが大事で、自分の中に何かが入ってこないと描けない。つくりごとのものは見ればわかっちゃうし。だから 「なんだろう?なんだろう?」「今日はなんだろう?」といろいろ考えながら、山の中を散歩しています。
BS 毎日歩いていると、いろんな変化を感じそうですね。表情は日によって全然違うのでは?
HI わかりますね。最近は散歩してなかったからもう今は通れませんよ。1ヶ月通らなかったら、ブワーっと自然が通 せんぼしちゃう。前まで散歩できたのにもう通れない。人が通るから自然が退いているし、きれいな里山ってその辺の野ざらしになっている山とは違って人の手 が入っているから、自然と人間とが安心した関係が築けるんですよね。
BS じゃあここにいる時はアトリエにこもって絵を描くというだけではなく、散歩していろんなものを見て触って。
HI うーん、、よくわからないけれどここの「気配」がいいんです。ここに来る人みんながそう言いますね。彫刻家の人たちはこの場所でワークショップもしていますが、来る人来る人、この場所に惚れ込む人が多いです。

油絵が描けない

BS 稲垣さんはずっと油絵を描いていたそうですが、何故今になって日本画の材料を使うようになったんですか?
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竹林に囲まれているアトリエの内部。正方形の白いパネルが壁と天井に張り巡らされている。
HI このアトリエに入ってからです。今まで家で描いていたんだけれども、ここのアトリエに来てから油絵が使えなく なっちゃった。描けなくなっちゃったのね。ここでテレピン(編集注・油絵の具を溶くための独特なにおいの揮発性溶剤)を開けて、、、ということができな い。この空気にあわない。
BS 環境がそうさせたということですか?
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「森の唄」(145cm×145cm/和紙・顔料)
HI そう、油絵の具が合わない。いくら考えても家から油絵の具を持ってこようと思わなくて。油にこだわっていたワ ケではないですし、ずっと日本画の材料はいいなって憧れていました。ただ受験の時も大学に行ってからもずっと油絵をやっていたし、洋画は自由度が高いのに 対して日本画の描き方って独特ですしね。でもここに来てから、いくら考えても家から油絵の具を持ってこようと思わない。植物なんかを描くのは水溶性のもの だな、水を溶くカンジがいいなぁと。それで日本画の材料を買ってきて、本を見て。
BS 本を見てというのは、今までやったことがないから?
HI うん。最初のうちは使い方がよくわからなくて、その当時やった個展の作品は今見ると激しい絵が多い。私の絵の 描き方は、消していく、淡くしていくというカンジ。日本画の画材を使うようになってからは、出したい色を出すのにもっと「消して・描いて」を続けていかな いと淡くならない。
BS すごく時間がかかるんですね。
HI 割に合わないなと思う(笑)。油だったらパーァっと描けるものも、水彩だと描けない。でもここで油絵は描けないから、時間をかけて制作してます。また気が向いたら油もいいと思うけど、今はやっぱりこういうものを描いていくのがいいかなぁと思う。
BS この里山の緑の影響があるということですね。この建物は以前、環境デザインの美大生が作品として既存の建物に内装をしたということですが、とてもおもしろい空間ですね。この建物の影響というのはあると思いますか?
HI この建物もあると思う。独特の気配がある。別に何をしたというワケじゃないし完成された建物じゃないけれど。建築をやっている人から見てもおもしろいみたい。
BS すごくおもしろいと思います。元々の屋根のかたちもおもしろいですし、内部にいる時、視界に入ってくるのは白い正方形のパネルと竹林の緑。とても気持ちのいい空間ですね。

アートと場所

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7月に行われた個展の風景。

BS 7月に渋谷のギャラリーで展示をされていましたが、その前には祐天寺の雑貨屋さんでも個展をやっていたそうですね。いわゆる「画廊」ではなく、カフェが併設されたギャラリーや雑貨屋さんなどで展示をするのは何故なんですか?
HI 昔はしていたんです。京橋にあるギャラリーとかで。でもやってみてわかったんですけど、京橋や銀座のギャラ リーって業界の人が多いんですよね。同じ業界の人に見てもらうのは必要だけど、あんまりにも閉鎖的な感じがして。単純にもっといろんな人に見てもらいたい というのは感じました。それで友人に紹介してもらった雑貨屋さんの1畳分くらいの小さなスペースを借りて、展示をやったんです。その時は雑貨屋さんでやる ということを念頭に置いて絵を描きました。
BS 反応としてはどうでしたか?また稲垣さんから見て、京橋のいわゆる画廊というところで展示をするのと違う面白さみたいなものは発見できましたか?
HI おもしろかったですね。家族連れからカップル、女の子ひとり、本当にいろんな人が来るし。それから、その祐天 寺の雑貨屋さんの女の子に「普段どこで絵を見たりする?」と聞いたら、「私は美術館とか画廊にはいかない。よく行くのはコンシールかなぁ」て聞いて。おも しろそうだなと思って、以前銀座にあったギャラリーに行きました。古いビルに自分たちで手を入れて、若い子たちがギャラリーと併設でカフェも運営している し、展示空間もおもしろいなと思いました。それで銀座にギャラリーがあった時「楽園」という個展をやったんです。最近渋谷に移転しましたが、そのオープニ ングの最初の展示で声を掛けていただいて、今回渋谷で展示をやりました。
BS 最近、カフェや雑貨屋さん・洋服屋さんなど、完全に展示を目的にしていないところでアートをする人って増えて いますよね。それと同時に、「自分は絵画しかやらない」とか「油しか描かない」というのでは無く、自分のやっていることにボーダーを引かない作家さんが増 えている。ちゃんとビジネスにしようという人もいますし、商品としてのコラボレーションもよく見掛けるようになったと感じます。
HI 以前横浜の緑区の森の中でやったネイチャーアートのワークショップがあって、それに参加したんです。海外からも作家さんが来たりして、森の空間を使って作品をつくったりする企画でした。その時私は絵ではなくて、糸を使った作品を作りました。よく歳のいった人で「君 は抽象画だね」なんて言う人もいるけど、今の人は絵もやるし立体もやるし、みんなゆるーく囲いをつくらないでやっている人って多いですね。

自然への執着

BS 今このアトリエに来て水彩をやるようになって、これからまた油絵に帰ったりするのかもしれないけれども、今後の方向性というか、これからやりたいこと・描きたいものというのはありますか?
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里山に咲く白い花。森の中には様々な植物が咲き乱れている。
HI やっぱり自然からは離れないだろうなぁ。ここに来る前から抽象画を描いていましたが、自分の根底にあるものは 「ネイチャー」。無意識なんですけど。水とか結晶とか自然界がもっているかたちや、気配とか現象・・・そういうものにすごく惹かれるので、そういうものを 造形的に突き詰めていくんじゃないかな。色であったりかたちであったり、なにかそういう自然の持つ「気配」みたいなものを表現できるんじゃないかなぁと 思っています。確かに自分の動き方をみてると、自然とかそういうものにすごく執着があるし、そういうものに美を見出していると思いますね。
BS 稲垣さんの自然との付き合い方というか、自分の中にいつもあるものなんですね。油絵だ!水彩だ!というのも、その時々の自然な選択肢。
HI コンシールカフェで展示をした時、小さい絵の廻りに額縁の代わりみたいな絵をハプニング的に描いたのですが、 その時は壁に描くなら色鉛筆がいいな、じゃあ水に溶けるのがいいな、って。その時々のインスピレーションです。私は「水彩しかやらない!」といって、あれ を水彩絵の具で書くのは違うと思うし。柔軟に自分が「やりたいなーいいなー」と思ったものを大事にして。手段は何でもいい。
BS この鶴川のアトリエでの制作スタイルを変えることは当分なさそうですか?ここで展示もやられたりしていますが。
HI うーん、、どうなるかわからないですけど、今のところはここでやっていくつもりです。ここだけだとローカルで はあるけれど、展示をやった時都会から来た子が「こんなにのんびり絵を見たのは初めて」とか「こんなに自然と一体で絵を見たことが無い」とか言ってくれ て。すごく喜んで帰っていったりするのを見ると、そういう時間はこれからも提供したいと思います。「作品を見て!!」とかそういうのではなくて。絵は脇役 でもいいし。
BS 絵は脇役でもいいんですか?
HI 私にはあんまり「絵はこうなくてはならない」というのは無いですね。勿論、自分の中での「絵画」はとても大き い存在だけど、他人にはまた関係ないことだと思う。ある種の演出する手段。「そこにあって幸せなもの」。私の絵は美術館に掛かっているよりも、人の家に あってくれた方がいいと思うし。あんまり強く主張している絵が好きじゃないというのはあるんだけど。
BS そういえば渋谷で稲垣さんの絵を見た時、作品ひとつひとつが気になったというより、ハコの中の「雰囲気」に強 い印象が残っています。この鶴川の緑や空気みたいなものを、渋谷の繁華街に切り取って持ってきたみたいな。ギャラリーのハコはとても小さいけれどすごく居 心地がよかった。
HI あの時の展示は、普段鶴川で描き溜めたものを展示したんです。個展が決まってから描いたものではないので。それに絵を見た時の感じ方というのは、本当に人それぞれだと思います。絵だけでなく、アートはそれでいいんだと思いますね。

アトリエの環境を味わいながらのインタビューは、時がたつのも忘れてしまう程でした。深い緑に覆われた里山、 竹林、白い花、地元の人が営む畑、自然になじんでいく彫刻・・・豊かな緑の中で制作を続ける稲垣さんと彫刻家の方たちの日常(私にとっては非日常でし た!)も体験することができたインタビューでした。

2004年8月13日 鶴川 アトリエIZUMIにて
インタビュアー:大川幸恵(blue studio)
撮影:中西博子

稲垣弘子

Hiroko Inagaki

アトリエIZUMI 〒195-0064 町田市小野路下堤2295





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