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INSIDE Vol.08


木造アパルトマンの
共同生活

Vol.08

東京都世田谷区『nana』 リノベーション 住居 シングル
専有面積: 14.97㎡
職種: ボーカル&ドラマー/学生
趣味: 作詞作曲/読書・旅

入居の決め手は、木造建物の心地よさ

小田急線の「豪徳寺」駅を降りて小さな商店街を抜けると、突如真っ白なアパルトマンが姿を現す。その建物の名はフランス語で「女の子」を意味する『nana』。実は住戸数も“7”である。目を細めて外観を眺めると、その従来の姿……築37年を経た風呂なし木造アパートを想像することができる。

2008年1月、リノベーションにより新たな物語を吹き込まれた『nana』は、ブルースタジオのWEBサイトの中でも一際アクセス数が多く、空室待ちが続出する物件の1つだ。その1階の部屋に入居したのは、石倉正隆さん。就職をきっかけに上京して以来暮らしていた会社の寮を出て行かなければならなくなり、次に住む部屋をインターネットで探していて『nana』を見つけた。内見時に初めて部屋に踏み入れた時の、無垢のフローリングの気持ちよさに心を惹かれたという。一方で、石倉さんのちょうど真上の2階の部屋に入居したのは、学生の中島さゆりさん。初めての1人暮らしということで、両親と一緒に内見した上で入居を決めた。

部屋に招いた友人の第一声は「狭い」だったと2人はいう。『nana』の部屋は約15平米。広めの一部屋を除いて、バスルームにはシャワーのみで湯船はない。これは生活をする上で最小限の広さと言えるかもしれない。ところが、入居を決める際、石倉さんも中島さんも部屋の広さは全く気にならなかったそう。

2人が賃貸物件を選ぶ基準は、そこに暮らすことの心地よさ。足の裏で感じる木の床の気持ちよさ。年月を経た木の柱に自然と湧いてきた愛着。他の物件で味わったことがない、このような感覚や気持ちが入居を決める一番の決め手となった。「狭い」と話した友人も、しばらく部屋で過ごすうちに「木の匂いがするね」と言って、この部屋の心地よさを感じていたそうだ。

写真上・左下: 同じ間取りの2人の部屋。上が石倉さんの部屋で、左下が中島さんの部屋。小さな空間に生活雑貨や植物などが可愛らしいセンスで飾られている。

『nana』で生まれた住人同士のつながり

石倉さんは高校生の頃から音楽活動を続けていて、部屋にはギターが置かれている。この部屋で新しい曲をつくり、生まれた曲を録音している。中島さんの部屋には、石倉さんが弾くギターの小さな音色が時々聞こえていた。

入居してから数ヶ月間、たまに顔を合わせる程度で会話をしたことがなかったという石倉さんと中島さん。交流が生まれたのは、2008年の年末に『nana』の大家が入居者たちを自宅に招いて行ったクリスマスパーティだった。その日、意気投合した『nana』の入居者たちは、夜まで飲んで語り合い近くの銭湯で同じ湯につかった。年が明けてからも、だれかの部屋に集まってご飯を食べたり、鍋をつついたりと交流は続いているそうだ。「隣に住んでいる人がどんな人か分かっている安心感があります」と中島さんは話す。

2008年2月、モノづくり作家である入居者の1人の呼びかけで、住人の主催による『nana』を会場とした2日間の展覧会が開催された。石倉さんと中島さんも自分の部屋を作品の展示・販売スペースとして開放したり、来訪者の対応をしたりして協力した。住人たちの手づくりのこの展覧会には、地域の人やモノづくり仲間、『nana』に興味のある人などを含めて、2日間で130人を超える人が来場した。

『nana』への入居をきっかけに出会った住人たちは、驚くほど一瞬にして心が通じ合った。おもちゃ箱をひっくり返したような豪徳寺のまち。その街にちょこんと佇む可愛らしいアパルトマン。そして、そこに暮らすわたし。そんな物語に共感した人たちが集まっているから、感性や価値観を共有しやすいのだろう。展示会を通じて、その共感の連鎖は住人たちの周辺の人たちにまで広がった。

右上:部屋でギターを弾く石倉さん。上・右中・右下:2008年2月に開催された展覧会の様子。住人たちはすっかり打ち解けた仲。

若者たちのファーストホームとして

「いいフローリングの部屋があるからと不動産屋に案内してもらって、がっかりしたことがあります。それは、真新しいピカピカの合板フローリングで、僕のイメージしていた部屋とは全然違ったんです。『nana』への入居の決め手はこの床。気持ちいいのでいつも裸足で過ごしています」

そう話す石倉さん。『nana』の床はスギの無垢材。あえて塗装を行わないことで、木そのモノの素材感をより感じられるようにしている。少し粗さがあったり傷がついたりしていても、それは「味」として次の入居者に受け継がれていく。

賃貸物件は、物件を供給する側が用意したものの中からしか選ぶことができない。若い人が身の丈の予算で都市部に部屋を借りようとすれば、大抵同じようなワンルームアパートに暮らすことになる。閉鎖的な小さな部屋で1人。そんな若者たちの生活は豊かといえるだろうか。

『nana』の入居者たちを見れば、今の若者が求めているのは部屋の広さや高性能・多機能の設備、物理的なセキュリティなどではないかもしれない。本物の素材、何かを共有できる仲間とのかかわり、自分らしさのある部屋……。物質的なものより、感覚的なものに期待する人たちが『nana』には集まっていて、彼らの暮らしからは心の豊かさを感じることができる。

かつての若者が生活をした風呂なし木造賃貸アパート。機能性には優れていないが、そこにはお隣同士が支え合って暮らす「向こう三軒両隣」の意識が存在し、将来を夢見る若者たちの想いが渦巻いていた。今回のリノベーションによって、その「お隣さん」意識は『nana』の住人たちに連鎖し、現代の若者の感覚を通して受け入れられている。

アパートが建ってから37年間、建物を支えてきた木の柱は、今の若者たちの生活のなかに溶け込んでいる。

2009年5月31日『nana 1/7, 5/7号室』にて
撮影:金子慎太郎 取材・文:和田亜弓(共にblue studio)

今回の入居物件のご紹介

東京都世田谷区『nana』
専有面積:14.97平米
竣工年:1971年
リノベーション完了:2008年1月





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