石井:特に都心部では新築分譲マンションの供給数が減っていて、平均分譲価格は上昇しています(※2)。そのことも中古との平行検討の一因になっていそうですね。
池本:弊社で行った「2016年首都圏新築マンション契約者動向調査」(※3)では、平均購入価格は5081万円、平均ローン借入総額は4286万円で、どちらも調査開始以来の最高額でした。一方、自己資金を調べると、平均は1113万円ですが最多価格帯は「200万円未満」で約3割。2001年の同調査では、平均自己資金は1094万円と同じくらいですが、平均購入価格は3871万円、平均ローン借入総額は2965万円と、負担額が1000万円以上も違うんです。
石井:景気が変わったとはいえ、住宅購入費用の負担はひと昔前に比べて随分大きくなったんですね。
池本:そうした背景もあってか、親や親族からの住宅購入費用の援助を期待する人が増えています。前述の2016年度『住宅購入・建築検討者』調査では、「援助期待」する人は約44%、「援助してもらえると思う」人は約40%という結果でした。
石井:ブルースタジオでは、親からの援助希望のほか、親との同居や近居を検討している相談者も増えています。本特集で「同居」ケースとして紹介している『NE-CODATE』は、共働きの子世帯と親世帯による二世帯住宅で、家づくり費用と子育て、将来の介護を考えた結果、同居を選択したそうです。
池本:国土交通省の「平成25年住生活総合調査」(※4)では、「最近5年間に実施した住み替え」の主な目的として、「親、子などとの同居・隣居・近居」が2008年の5.3%から2013年は10.6%と倍増しているという結果が出ていました。一方、前述の「2016年首都圏新築マンション契約者動向調査」(※3)では、既婚世帯の63%を共働き世帯が占めていて、同居や近居が増加している背景に共働き世帯の増加があることが伺えますね。
参考:株式会社リクルート住まいカンパニー『2016年首都圏新築マンション契約者動向調査』
石井:ブルースタジオのお客様には、「親の家まで歩いていける距離」や「タクシーで行ける距離」での近居を検討する人が多いですね。例えば、タクシーなら1メーターで行けるけど、日常的に使う沿線は違うエリアだとか。近すぎず、でも何かあったときは助け合いやすい距離を狙う人が多いですね。
池本:近居希望者が増えている影響か、『suumo』が毎年行っている「みんなが選んだ住みたい街ランキング」の2017年版(※5)で順位を大きく上げたのが、15位の「大宮」と19位の「浦和」。17位の「北千住」、20位の「立川」も過去最高位で、21位には「赤羽」もランクインしています。近郊エリアと都市部を結ぶターミナル駅がある街への人気が高まっています。
池本:そうなんですね。同一マンションでの近居は増えていて、実家があるマンションの別住戸を買って住むというケースも出てきています。僕はこの現象を「巣戻り」と呼んでいます。志村三丁目に「サンシティ」という大規模マンションがあるんですが、約1900世帯のうち100組近くが子世帯と親世帯の近居だというんです(※6)。「サンシティ」は物件そのものが魅力的であることも大きな理由だと思いますが、都心へアクセスしやすい立地にあることも「巣戻り」が多い理由でしょうね。特に埼玉の三郷、川口、戸田、和光といった、東京外環自動車道周辺のエリアで「巣戻り」現象が多い印象です。
石井:和光にはブルースタジオで中古リノベーションしたお客様が集中しているマンションがあり、「郊外的なゆとりある環境を得つつ、都心の勤務先にも通いやすい」というのが人気の理由でした。本特集で「近居ケース」として紹介している事例「round square」は、実家の隣にある中古マンションを買って近居している事例で、子世帯は共働きで都心勤務です。こちらも東京外環自動車道の周辺エリアですね。
池本:このエリアでは「巣戻り」のほか、二世帯住宅の購入や建築も盛んなようです。
石井:かつては「家族は集まって暮らすもの」という考え方が当たり前でしたが、今は親兄弟や親族との距離や結びつき方を、お互いの意思によって自由に決めることができる時代だと思うんですよね。東京という街の重力から解放され、身の丈の暮らしを第一にしたとき、家族のカタチづくりと共に考えていく住まい選びがスタンダードになっていくのかもしれません。
出典:株式会社リクルート住まいカンパニー『みんなが選んだ住みたい街ランキング2017』
池本:郊外や地方での居住を選択肢にする場合、注意したいのは教育施設の状況です。かつてニュータウン開発が盛んだった国道16号周辺エリアは今、高齢化率と空き家率が上昇していて、地域の小学校が廃校になってしまう可能性があります。そうすると地域の住宅価値は下落し、中古住宅は買いやすくなりますが、子育て世代には住みにくい街になる。地域の将来性も見極めておきたいことです。
石井:郊外では戸建て検討が多くなると思うので、中古戸建ては建物の性能や状態に個体差があることも考慮したい点です。
池本:中古戸建ての流通は、今後10年でさらに増えていきます。戸建てリノベーションの可能性をもっと多くの人に知ってもらいたいですね。
ただ、今の若い世代は、「閑静な住宅地」をあまり好んではいないんですよね。郊外の環境や家の安さに魅力は感じていても、コンビニや保育園が近くになかったりすると住みにくいわけです。とはいえ、地域が廃れていくことに憂いを抱いている若い世代も大勢います。大事なのは、他の世代や転入者に対して排他的にならないこと。「住宅地での保育園開設に地元住人が反対」なんてニュースを最近耳にしますが、排他的な街はどんどん高齢化と人口減が進み、結果的に地域の価値を下げ、地域住人の困窮を招くことにつながります。
石井:同居や近居が、多世代が共通意識を持って地域の維持を考えることにつながったら素敵ですね。本特集で「実家活用ケース」として紹介している『みらい荘』は、60代のオーナーが転勤で居住しなくなった家をシェアハウスにリノベーションして運用している事例なんですが、かつて庭だった場所に外からも見えるデッキテラスをつくったんです。お子さんが相続した後や居住する可能性も考えて、近隣とつながった場所にしておきたいというオーナーの意向からでした。
池本:既存住宅の活用や住み継ぐことについて、家族だけでなく地域との関係まで考慮した、興味深い事例ですね。そんなふうに街のことまで考えていくと、住まい方の可能性はもっと広がりそうですね。
「みらい荘」を前に戸建てと地域の在り方を話し合う二人。
池本:今政府が進めている「働き方改革」が浸透すると、住まい方はさらに自由になるでしょうね。僕らリクルートグループも2015年に「働き方変革プロジェクト」を発足し、「リモートワーク」の導入を始め、今では全社員がリモートOKです。東京都も、企業のリモートワーク化や時差出勤などを推奨する「時差ビズ」の取り組みを始めています。場所に捉われない働き方は、住む場所の可能性を広げてくれます。
石井:リノベーションを志向する人はライフスタイルの実現を重視する傾向が強く、ライフスタイルと仕事や生活を両立させるために、都心で中古という選択が選ばれてきました。場所に捉われずに働けるようになったら、ライフスタイル優先の暮らし方が郊外や地方にも広がり、地方移住や二拠点居住といった住まい方も選びやすくなりますね。
「働き方改革」が住まい方を変えていくと語る池本氏。