今年の夏休みは韓国へ旅行にいきました。
コロナ禍ぶりの海外旅行です!
私は観光や食事と同じくらい、知らない土地で公共機関を使っての移動するのが好きです。
いわゆる乗り鉄です。
そういう事もあり、今回は韓国まで陸路と船便のみで訪れてみました。
まずは東京から19時間かけて新山口へ。
18きっぷを使って移動したのですが、お盆初日のため、同じような18きっぱーで満員電車となり、
なんと滋賀の米原まではほとんど立っている状態でした...!
そんなこんなで新山口までつき、翌日は博多港を目指し、始発の新幹線で博多駅へ。
新幹線はとっても早いです笑
博多港からはJR九州の高速船、クイーンビートルに乗って、釜山まで行きます。
空港のような慌ただしさがなく、飛行機で行くよりも気軽な気持ちで出国できました。
クイーンビートルは昨年の11月に就航したばかりの新しい高速船。
博多と釜山を3時間半ほどで結びます。
デザインはJR九州の車両を多く手がける水戸岡鋭治さんによるものです。
船内に飾られた水戸岡さんの絵を見て歩いたり、本格的な釜焼きピザが頼めたり、
対馬を眺めていたりしていたら、あっという間に釜山の山並みとタワーマンション群が見えてきました。
東京から鈍行と船を乗り継いで24時間。
地に足をつけて・・・、はるばるやってきました。
10年前に行った韓国旅行ではパッケージツアーでソウルしか行けなかったので、
今回は釜山、順天、全州、ソウル、ポハンと、韓国の都市を周遊し、
伝統的な村(韓国語だとマウル)と日本人村の名残りがある街をメインで訪れてみました。
あちこち行った中でも特に印象深かった村を2ヶ所紹介します。
・楽安邑城民俗村
釜山から高速バス2時間ほどの順天から、市バスに約1時間乗ったところに楽安邑城民俗村があります。
高さ3m、全周1400mほどの城壁に囲まれた村で、400年以上前の朝鮮王朝時代の姿をとどめているといわれています。
入場料が必要な観光地になっていますが、今も100戸ほどの藁ぶきの家に人々が暮らしている村です。
離れの一部を民泊として貸している民家があるということで、一泊してみました。
予約サイトなどはないので、インフォメーションセンターで民泊したいと伝え、村の人に連絡してもらいます。
しばらくするとおばさんが入口まで迎えに来てくれました。
藁葺きの離れ小屋が民泊用の部屋として貸し出されています。
内部は改修されており、クロスとカーペットが敷かれた一般的な韓国のお部屋になっています。
城壁の上と歩くと、藁ぶきの村が一望でき、とても美しかったです。
観光客がいなくなった夕暮れの村も風情がありました。
・碑石文化村と甘川文化村
釜山からバスで30分ほどの距離にある、山を切り開いて作られた街です。
甘川文化村は、かつて行われたアートプロジェクトによって、家々の外壁がカラフルに塗られ、
アートな街として釜山の新しい観光名所になっています。
どちらの街も朝鮮戦争から逃れてきた人々によって作られ、今でも共同の風呂やトイレがあったりと、
高齢化と貧困の課題がある地域でもあります。
韓国で働く友人に教えてもらったのが、その隣にある碑石文化村。
この街は戦後の敗戦後、放置されていた日本人の共同墓地の上に作られています。
碑石は墓跡のことを指しています。
なんと墓石が家の基礎や階段として使われているのです。
戒名や没年が刻まれている石もあります。
少しギョッとしましたが、この街に不気味な雰囲気はありませんでした。
朝鮮戦争で釜山に集まってきた難民たちが、生活には向いていない山の斜面で必死で暮らしてきた痕跡だと感じます。
住人に配慮しつつ、複雑に入り組んだ街を探検気分で散策することができました。
こんなにも近いのに、今までソウルと釜山くらいしか韓国の都市を知りませんでした。
訪れてみたい街がたくさん増えたので、そう期間をおかずにまた行ってみたいと思います。
ソウルで働く友人に案内してもらった、久しぶりの生ユッケ。食べ物もおいしかったです。