先日10月16日に「長崎のビンテージなビルを掘り起こそう!」というイベントに参加してきました。
長崎ビンテージビルヂング、NPO法人福岡ビルストック研究会、
長崎県の方々からお誘いをいただき、「旧魚の町団地」「旧長崎警察署」の見学会と、
長崎の街歩きからオンライントークイベントまで充実した1日でした。
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魚の町団地の写真は福岡オフィスSOUQのインスタグラムに載せていますので、
気になる方はぜひ覗いてみてください。
リンク:ブルースタジオ福岡オフィス instagram
で、ここからが本題。
長崎といえば眼鏡橋をはじめとした中島川にかかる石橋群が有名ですが、
皆さんは「思案橋」をご存知でしょうか。
今でこそ飲み屋街として有名な思案橋ですが、
「橋」と名のある通り、昔はここに橋がかかっていました。
この写真は昭和5年ごろの思案橋通りです。
この「思案橋」の名前、面白いと思いませんか。
「思案」橋です。
その昔、この橋がかかる銅座川の先には日本三代遊郭「丸山遊郭」があり、
懐に銭を忍ばせた男どもが遊郭に行こうか戻ろうか、
橋を渡っちゃ戻り、それを繰り返し悩む様からこの名前がついたとか。
江戸時代の男どもの下心と懐事情がなんだか等身大で、
先人たちが同じ人間だと、そう思えてくるのです。
河川や運河、橋が境界として場や人の感情を切り替える装置として機能することは多々ありますが、
その人の心情や表情の様が橋の名前になっていることが面白く思えます。
そんな目線で他の橋を見てみると、
江戸の「泪橋」、ベネチアの「ため息橋」など意外とあるものです。
気になった方はそれぞれ調べてみてください。
話は戻りまして、意外と知られていないのは、
思案橋を渡った先の丸山遊郭の入り口に一本橋がかけてあったこと。
そこに架けてあった橋の名前とは「思い切り橋」
よくぞ橋を渡りましたと、自分に言い聞かせたのでしょうか。
写真引用
本文中2枚目(思案橋古写真):ジャパンアーカイブズ