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信夫とわたし

さかぐち

鹿児島県出身。ラジオと映画とジャスミンに囲まれて生活中。時の流れに身をまかせ、いつの日か向田邦子になるのが夢です。


小学校1年生の時、担任の先生から与えられた宿題。

宿題といっても、毎日その日にあったことを書くという日記です。

毎日あったことを語彙を知らないなりに一生懸命に書き記していました。

そんなある日、小1の私は気付きました。

「きょうは、かぞくとみんなでおばあちゃんちにいきました。」

「きょうは、うんどうかいのれんしゅうをしました。」

「きょうは、あめがふりました。」




いや、「きょう」は、明日の先生からしたら「きのう」じゃないか

ということ。

おそらく私だけの大発見をしたぞ!!と興奮気味の私は意気揚々と「きのうは、」ではじまる日記を書きました。

翌日、先生は私を呼び出しひとこと。

「さかぐちさん、宿題はその日に終わらせること。」

私はしばらく何のことを言われているのか、全くわかりませんでした。

ぽかん、としているわたしに先生はさらにひとこと。

「日記に昨日はって書いているでしょ?今日の朝に書いたってことだよね。日記はその日に書くようにしてください。」

小学1年生の時、私ははじめて理不尽な思いをしました。

ただ、その理不尽さをうまく言葉にできず、
結局、誤解を解くことはできず。

それから、8年が経ち、中学3年生の私はある本と出会いました。

三浦綾子作「塩狩峠」

読書が大嫌いだった私が初めて夢中になって最後まで読んだ小説です。

主人公は永野信夫。

彼の一生を描いた作品なのですが、
幼少時代、彼も担任の先生から理不尽なことで劣化の如く怒られた経験の持ち主。

その時、私と同じように何も言い返すことができず、ものすごく悔しい思いをしています。

そのシーンを読んだ私は大共感のあまり、同じ部分を何度も何度も読み返しました。

小説や映画、ドラマ、音楽などなど
 
時に、私たちは作られたもの、架空のものにある日の自分や、
これまでの人生を投影して、共感したり感動したりすることがあります。

大袈裟かもしれませんが、中学3年の私は「これでよかったんだ」と安堵し、
明日からも生きていこうと思うことができました。

小学校1年生の時に消化できなかった私の理不尽さを、塩狩峠の信夫が救ってくれた。

これも定まった運命だったのかもしれません。

そう考えると、1年生の時に私を叱った先生も寛容に受け入れられる気がします。

秋の夜長。 皆さんも本を読んでリフレッシュするのもおすすめです。





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