考えただけで、心がパーっと弾む作家が3人います。
その一人が、猪熊弦一郎さん。
有名な作品は、三越デパートの、白地に赤い模様の包装紙のデザイン。
1993年、90歳まで生涯現役で活躍した、香川県丸亀市出身の画家です。
そんな猪熊さんの美術館
「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館」は、
だれもが気軽に立ち寄れる駅前広場にあります。
買い物袋を下げた人がふらっと、学校帰りの学生もふらっと立ち寄りそうな、おおきく、明るい美術館。
猪熊さん最後の作品とも言える、この美術館。
国内にある美術館の中でも、抜群に素敵な美術館です。
新しいものに心を開く。
当時80歳のおじいさんだった猪熊さんがモットーに掲げていたこと。
そんな心を体現するような大らかな空間。
美術館のファサードには、
そんな大らかな、猪熊さんの絵が大きく、描かれています。
そのファサードに描く絵について話し合う、設計打ち合わせの際のエピソード。
35歳も年齢が離れた建築家の谷口吉生さんが
「こっちのほうが良いかもしれません。」
と猪熊さんの下絵を、あろうことか、猪熊さんの目の前で
消しゴムでゴシゴシ消してしまったことがあったそうです。
我に返り、「しまった、、」と、猪熊さんの表情を伺った谷口さんでしたが、
猪熊さんは、「これも良いかもしれないね。」と、飄々とした様子だったそう。
そして、この美術館が、
猪熊作品だけを展示するのではなく、敢えて現代美術を取り扱うのも
いまを一緒に生きている作家の最も新しい考え方を、とにかくどんどん紹介し
自分と同じように、新しいものに心を開く人たちが増えてほしい、と願ったから。
ー
先日香川を通り掛かった際、
「やっぱりどうしても、猪熊作品だけは目にしておきたい・・・
(そしてもちろん、うどんも食べよう!)」 と思い
丸亀まで立ち寄ってきました。
開催されていたのは、「美術館は心の病院」という常設展。
「心を開いて様々なことに興味を持つことで、たくさんの美しいものに出合えます。
美しいものに共感する心は、その人の人生を豊かにします。」
「美術館に訪れ、生きる喜びを感じ、心が安らぎ、「美しい」ものがわかる。
そういうことから、周りの人たちを愛し、家族を愛し、自分の街を愛する心が生まれてくると思います。」
美術館が開館した際の猪熊さんの言葉だそうです。
個人的に大好きな猪熊作品は、こちらの「頭上猫」。
題材の面白さもさることながら、
思いがけない状況に、キョトンと固まってしまったこの表情。
シンプルな要素で、猫のまったくの気まぐれな行動と人間の表情をこんなにも捉えている。
何とも言えず、可笑しさが込み上げてきます。
猫が大好きすぎて「1ダースも飼っていた」という猪熊さん。
大好きなものには、余念なく、収集して、くまなく見つめて、描き続けるのが特徴の猪熊さん。
しかも執拗に同じ構図や、パーツだけを熱心に描く。
そんな偏愛っぷりも、すごくいい。
猪熊さんのもつ明るい動機が、「執着する」ってかっこいいんだ、と思わせてくれる。
余談ですが、
戦後に香川県知事をされていた方が県庁舎を建て替えることになったとき、
たまたま東京出張で訪れた街角で猪熊さんとバッタリ会って言われたそうです。
「新しい県庁をつくると聞いたけど、いいものをつくりなさいよ」
そうして紹介されたのが、建築家の丹下健三さんだったそうです。
今では、香川県庁舎は、丹下さんの代表作。
エントランスには猪熊さんの壁画も飾られていますし、美しい家具は剣持勇さんが作っています。
香川といえば、「うどん県」と同じくらい
「アート県」としても芸術に対して関心高く取り組む県です。
県庁舎は現在、大規模な耐震改修工事が行われ、大事に継承されています。
近年、県外からの移住者も伸びているそうですが、
猪熊さんの新しいもの、美しいものを大事にする心が
街を愛する人たちを、今も呼び寄せているような気がしました。