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INTERVIEW No.17


No Textile, No Life

有田昌史 / Masahumi Arita

今月も、ゼロからの出発でものづくりのプロフェッショナルになった人をインタビューします。数々のインテリアショップや雑誌等のメディアで、テキスタイルデザイナーとして紹介されている有田昌史氏ですが、甘いマスクと柔らかい話し方とは対照的な、力強く人間臭い思いがその奥に渦巻いているのを強く感じました。

ブルースタジオ(以下BS) 有田昌史(以下MA)

BS お久しぶりです。今回もまたいい場所を会場に選びましたね~。SUSをジャックしちゃってるじゃないですか。。。
MA いいでしょ。見てって。見てって。
BS スパイラル、イデー、アローズ、ビームス、オンサンデーズ、、、今までいろんなところで作品を見せていただいて来ましたけど、一番初めはどこだったんですか?
MA 1998年かな?大阪のコンテンツレーベルカフェで展示会をさせてもらったわけだけれど、これは自分にとっての1つの大きなエポックでしたね。今思うと不思議なことだけどその時すでに、今やっていることの原形がほぼできているんですよ。「New Esperanto Label」っていう名前でグラフィックをつくっていたし、ちょっとした商品のアイディアなんかも含めて。
BS でも有田さんってどこから「独立」したんでしょう?(笑)元からどこにも属してなかったと思うけど。。。ところで、「有田昌史」という人間はどういうことから影響を受けて、どういうことに興味をもって、どういう運びでデザイナーになっていったんでしょうか?
MA 影響ですか~?これはこのインタビューにはよく出来た話かもしれないけど、インスパイアーされたのはズバリ建築からなんですよ。コルビュジェのロンシャンや ライトの落水荘がモノクロで古い雑誌なんかに載ってるじゃないですか、ああいうの僕にはものすごくアバンギャルドなフォルムに映った。それから、祖父が やっていた生け花や、前衛バレエなんかのクリエーション、柳さんの民芸運動からも影響を受けました。モノゴコロついた頃から、ネイティブなものや含蓄のあ るものなんかにハマってはいたんだけど、そういうものと自分の生活との関わりについて考えるとなんだか煮え切らないものもあって、うろうろさまよっていた 時期があったんですよね、実は。そんな長い時期を経た1995年に、ドドーンと初期衝動が来て目が覚めたらシンプルな自分が現れたんで、それからモウレツ な勢いでドローイングをはじめるようになりました。
BS 早くも有田節が炸裂してますね(笑)。グラフィックから、テキスタイルに転向されたわけですけれどテキスタイルという素材に惹かれたということですか?いかがです?
MA そうですね。以前は「グラフィックデザイナーとしてやっていくんだ!」って腹くくっていたワケですけれど、1つは生地のテクスチャー感が好きだということ、 もう1つはコラボレーションの可能性が非常に大きいデザインなんだということ。つまり作家と作家のコラボレーション/コミュニケーションという意味合い も、作家と社会との関係性という意味合いもありますけれどそういうカタチでデザインが水平方向に広がっている感じがするわけですね。
BS ブルースタジオでもコラボレーションしますけれど、人間って一人ひとり強烈な個性があるから、それを協同して仕事をする、、、特にクリエイティビティーが要求されるような仕事ではとっても難しいですよね。チームで仕事をするっていうのともまた違うと思うんですよ。有田さんはどんなふうに進めていますか?
MA 僕の場合はコラボレーションとは言っても、自分がつくったものを一旦相手に投げたら、言い方はあれだけど、無責任に突き放してしまいますね。もちろん、お互いに惚れ込んでいることやリスペクトしていることが前提ですけれどね。それで向こうがどうでてくるか。そのハプニングやシンクロニシティーを楽しんでいるフシがある。
BS なるほどね。たまには、無責任に突き放してみようかな~岸さんおこるだろうな(笑・注)。ところで、有田さん自身はこれからどんな作品をつくって、どんなお仕事をしていきたいですか?
MA いい作品、人に届く作品さえつくることができれば、そこから先は作品が営業してくれるというか、道は開けるっていう思いはあります。それから今よりもっと大 きい仕事をやりたいですね、社会にもっと主体的に関わるような。病院、ホテル、駅なんかに求められるような、あえて名付けさせてもらえば「Social Art Worker」とでも言える存在です。でもグラフィックデザインの仕事やショップのアートディレクションの仕事なんかもやっていくつもりですから是非声を かけてほしいですね。いずれにしてもこれらは社会性のある仕事です。社会性のある仕事なんだけれど、相手は一人ひとりの人間です。僕たちは、一人ひとりは いろんな意味でminorityだし、多種多様だから、そういう個性に訴えかけるということを忘れたくはありません。

デザインも"有田ワールド"ですが、緩やかな独特なテンポでインタビューも"有田ワールド"な雰囲気満載でした。和服や、下駄、家具、いろんなアイテムと のコラボレーションと出会える今後の展示会スケジュールも要チェックです。次回は、ビームスにて! (詳細→http://www.epoch-arita.com/bg.html)

(注)岸さん : 建築家 岸健太のこと。ブルースタジオと多くのプロジェクトでコラボレーションしている。 (参照→http://www.bluestudio-design.com/topics/003.html)

2003年7月5日 SUSにて
インタビュアー:ブルースタジオ 泥谷英明

有田昌史

Masahumi Arita

<有田昌史>
1966年出雲生まれ。
グラフィック&テキスタイルデザイナー。
和の有機的なモチーフをモダンテイストで表現するデザイナー。
様々なジャンルの人達とのコ ラボレーションを通じて、
自らのデザインが衣食住へと浸透していくことを目的に、
「布の表現」の可能性を模索中。「良質な大衆性」と「作家の自我よりも、
モノが自ら放つ(普遍的な)体温が感じられる作品」を志す。
またショップや飲食店のアートディレクションやロゴ~パッケージの企画デザインを行う。





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