2003.12.01

no.21 <「日常」の発見>中里和人/Katsuhito Nakazato


21-2.jpg

「小屋」を撮る写真家として知られる中里氏だが、ただ撮っているだけでは飽き足らず自分で小屋をつくってしまったらしい。しかも最近ではその小屋をいろいろな場所に持ち運んで写真と一緒に展示したり、その小屋を撮ったりしているのだから、そのうちに単純に写真家とも呼べなくなる時が来るかも知れない、、、雑誌「散歩の達人」連載のための取材に同行させてもらった。



contact: 千葉県市川市大野町2-120-3
047(339)0745


2003年9月25日 奥多摩にて
インタビュアー:泥谷英明(blue studio)
撮影:武井良介

それでも小屋を追いかけて。

21-3.jpg
写真右・中・下:以上三点「小屋の肖像」(メディアファクトリー)ほかより
ブルースタジオ(以下BS):中里さん、今まで全部合わせて小屋は幾つくらい撮ってるんですか?

中里和人(以下KN):ん~。何千って撮ったんじゃないでしょうか?とにかく数えきれない数ですよ。最初は目に入ってきた小屋なら全部撮ってたんですが、慣れてくると、自 分の中に選択する目が出来てきたんでしょうね、ふるいにかかったものだけを撮るようになっていきました。一日で50の小屋を見たとしますよね。以前なら全 部を撮ってたんですがだんだんと3つくらいになっていきましたね。

21-4.jpg BS:どういう場所に出かけていくんですか?

KN
:最初は東京の近場から始めたけど、最終的には全国どこへでもいきました。はじめの1年半くらいはものすごい数を撮ったんだけど、、、なかなか焦点が定まらなかったんです。。。それでも続けて小屋を追いかけてると、ある時に小屋がそれをつくった人の姿に見えたんですよ。そうか、自分が撮ろうとしているのは実は「小屋の肖像写真なんだ」っていう、その発見で小屋を撮る意味がハッキリつかめました。つまり手づくりをした小屋の作者、おじいさんやおじさんのポートレイトを撮ればいいんだと気づいたんです。

21-5.jpg BS:その発見で具体的に撮り方が変わりましたか。

KN:それまではいろんな角度から小屋を撮っていたんだけれど、肖像写真の基本は正面から描写するという方法でしょう。その発見以降は、自分が見て「ここが一番」という小屋の姿を正面からだけ撮って いくようになりました。

BS:なるほど。その発見で写真集の名前が「小屋の肖像」になったという訳ですね。

KN:そう。

21-6.jpg
写真右:組み立て途中の小屋
BS:それにしても、「小屋を撮ってた写真家が、小屋をつくるようになった」って言うのは本当だったんですね。つくるのを手伝わせていただいて、「家づく りの基本」をミニチュア版で体験させていただきました(笑)。材料は絶妙な大きさとカタチで組み合わされて、小屋を構成するパネル状のパーツとなっていま したね。例えば1枚の床パネル、6枚の壁パネル、それから屋根の骨組み(小屋組)と屋根のトタン、、、といった具合に。そしてパーツごとに解体されて、ク ルマに積み込んで運ぶんですね。まるで「木でできたテント」でした

KN:材料は拾ってきたりもらったりして集めたものばかりですよ(笑)。

BS:毎回組み立てる度ごとに、ちょっとした不具合も改善していくじゃないですか、その小さな修繕の集合体で小屋が成立していますからとても建てやすく、使いやすく、家ができる。素晴らしいことですね。

KN:小屋の素晴らしさを分かってもらえましたか!

向島の空家、沖縄の市場、トルコの洞穴にて、、、

21-7.jpg

BS:さっきみんなで小屋を組み立てましたけれど、最後に屋根をのせて番線でしばりつけてたじゃないですか。で、中里さんが「その一番端っこはくくらない で。そのままちょっと浮いたくらいにしておいて!」っていう言葉を聞いた時に、僕らが現場で大工にいうことと同じだな、なんて思ったんですよ。「そのガラ スは捨てないで、あとで使うから。」みたいな。。。

KN:「もとのままがいい」ってことはよくありますよね。むかし繊維工場だったところを「これを何とか再生させたい!」って青梅の繭蔵というギャラリーの 方から話があって、そこでこけら落としの展覧会をやったんですよ。ものすごい広いスペースで、ギザギザ屋根もあり、木枠の窓や土壁も残っていてとても雰囲 気があったんです。ところが、ある時行ったらそのギャラリーの人も知らない間に、外壁に残っていたいい風合いのモルタル壁が真っ白に塗り込められていて、「なんで、塗っちゃったの。もったいないな~」みたいなことがありました。それでも、その場所は面白いエネルギーが詰まっていたんですよ。昔の機械が残っていたエリアではインスタレーションの会場にして、そこではなん人ものボランティアスタッフの人たちと手づくりで会場をつくりました。

21-8.jpg

BS:中里さんはそういう、古い場所、一風変わった場所で展覧会されることが多いのでしょうか?

KN:そうですね。そういう展覧会は、3年前の向島から始まりましたね。

BS:そのキッカケを教えて頂けますか。

KN:INAXギャラリーでやっていた小屋の写真展会場に、突然ドイツ人建築家・プロデューサーのティートス・スプリーという人が現れて「東京の向島の空 いた長家で写真展をやってくれないか」って僕に依頼してこられたんです。向島は僕の撮っている小屋のテイストの残る面白い街だからって言うんですね。彼と 一緒に向島の街を巡ってここは面白いとも思いましたし、長家でやる写真展は一体どんな風になるのかという期待感もあり、彼の主催する向島ネットワークスと いうアートイベントに参加したんです。ギャラリー以外の場所でやった初めての展覧会でしたが、会場のつくりこみを手伝ってくれた人や見に来てくれる人、隣 近所の人や雨やどりに飛び込んできた人など、、、そういったライヴ感がたまらなくあって、面白かったです

21-9.jpg

BS:その後は、他にどんなところで展覧会をやりましたか。

KN:つづいて、同じ向島の工場でインスタレーションやる機会がありました。また、トルコのカッパドキアへは、やはりティートスに誘われて展覧会をやりに 行ったこともあります。それで、「このエリアの中にいくらでも展示するところあるから好きな洞穴を使っていいよ」って見渡す限りの範囲を言ってるんです よ。地図でみたら山手線が余裕で入っちゃうくらいのスケールですよ!

21-10.jpg

BS:ホントですか???それ。

KN:それで、3日間ずーっと歩いて探して、やっといい山を見つけてその中で展示をしました。トルコからだけで無くて、いろんな国の人たちがカッパドキア の洞穴に来てくれて、ひとりひとりが皆ハッキリと感想をいってくれたんで、とっても嬉しかったですね。


「コツン」と手応えのある何か。

21-11.jpg

写真右・中・下:以上三点「小屋の肖像」(メディアファクトリー)他より

BS:様々な展覧会の話が出ましたが、写真は撮影するだけでなくて、それを現像して焼くっていうプロセスがあります。またその後に、何らかのカタチで人に 「見てもらう」という行為が写真を完結させるようなところがあります。中里さんにとってそれらは連続していますか?それとも別の行為ですか?どう捉えて やってらっしゃいますか。

KN:発表する形態もいろいろあって、展示する、雑誌に掲載される、写真集として出す、、、いろいろあるじゃないですか。でも写真家としてはやっぱり、写真集を出すということがいい・・・でもそうはいっても、展示は展示の面白いところもあって・・・僕も、以前はギャラリーにきちんと展示するような写真家らしい発表のしかたをしていたんですよ(笑)。

21-12.jpg

BS:いわゆる立派なギャラリーですか?さっきの「元工場」の正反対で・・・例えばビルの1階で、ガラスの自動ドアから入っていくようなイメージの。

KN:そう。写真をバチッと展示して「ご覧下さい」って。その頃は写真家としてのまっとうな道を歩んでいたかも・・・(笑)

BS:そこの枠の中から中里さんがはみ出してしまったんだとすると、それには何かキッカケがあったんでしょうか。

KN:「見せる」ってことに関していうと京島の長家でやったことはひとつのキッカケかも知れない。でも、「撮る、プリントする、見せる」という事をトータ ルに考えていくと、その写真をどんな場所でどう見せるのかという興味が強くでてきて、工場や空店鋪や市場なんかで、その場の空気をもらいながらの展覧会に なっていったんです。

BS:ここ数年でやってこられた中里さんの展示方法は本当にユニークだと思います。これからも刺激的な展覧会を期待していますよ。

KN:どんな展示やインスタレーションをやってもやりたいことの根っコは変わらないんですよ。日頃見慣れてしまって、空気のようになって気付かなくなった景色・・・そんな景色の中に潜んでいる「コツン」と手応えのある何かそれを再発掘したいんです。実はこれが一番難しいんだけれど。

BS:ところで、中里さんはデジカメは使わないですか?

KN:使わないね。リズムが狂っちゃう。フィルム巻いて、ピント合わせて、シャッター押して、またフィルム巻いて、、、つまり、写真を撮るということは、 僕にとっては歩くリズムみたいなもんですよ。デジカメだとそのリズムが狂っちゃう。

BS:僕なんかはマニュアルで撮っていると、その微妙なタイムラグがもどかしい時があるんですよね。ちょっとピント動かしている時に、逃げちゃったり。。。

KN:それは無いですね。そういう写真は撮らない。こっちのリズムに乗ってこないから。でもね、デジタルビデオは撮りますよ。あのなめる感じ。あれは、やっぱりスチルじゃ得られないですからね。

BS:どんな空間をDVで撮るのでしょうか?

KN:展示・インスタレーションしたりする空間を撮影するんですよ。スチルだと空間を撮っているようでも、どうしても「自分がどう見てるか」で撮っている感じがするんですよね。後で出来た写真を見て、「実際に空間で体験した感覚はちょっと違うな」って自分でも思う時がある。やっぱり空間のつながりを撮りたければ、ビデオ。その方が合っているような気がする。それは今のところ、自分の作品会場を記録するという事に限ってですけれど。
(その後、沖縄のWANAKIO 2003というアートイベントでは、中里氏にとって初のビデオ作品<スウジグヮー光源学・路地裏のマリリン>を制作)


闇の中に光景を追う

21-14.jpg

写真右:「逢魔が時」(ピエ・ブックス)03/10/10発売

BS:「逢魔が時」という写真本が出版になったいきさつはどんな感じでしたか?

KN:今回文章を書いた中野さん(注)と は、以前から「コンフォルト」で一緒に「闇」についての連載をやっていたんですが、そんな時に知人のデザイナーの方から「企画を考えないか?」という話を いただきまして、「いま興味があるのは闇だ。」ということを言ったら、とんとん拍子で話が進んで、この写真本が出来てしまったんです(笑)。「写真本」と いうのは分かりやすく言うと、「写真集」よりも、文章やお話しがもっとたくさん入ったものですね。。。それで「闇のコラボレーションを一緒にやる人は中野 さんしかいない!」と言うことで中野さんが文章を書いて、僕が写真を撮って、その二人三脚ででこの写真本が完成した訳です。これは、10月10日に発売で す。

BS:それは楽しみですね。ところで、中里さんは、その「闇」をいつ頃から撮るようになったんですか?

21-15.jpg

KN:ん~。ガンガン撮るようになったのは、中野さんと一緒に連載するようになってからなんだけど。「闇」的なものは、ずいぶん前から撮ってはいたんです よ。特に91年に出した東京の湾岸をドキュメントした最初の写真集「湾岸原野」では、闇ばかりを2年間程撮っていたんで、とてもそういう世界に近い。

BS:写真本の中で蛍光灯が登場する写真も多いようですが、中里さんは蛍光灯や蛍光灯の光がお好きですか?設計の打合せなんかをお施主さんとしていると、 「蛍光灯の光より白熱灯の光の方が好き」という人が多いような気がするんですが、、、

KN:僕も家では白熱灯を使ったりするしその方が好きなんだけれど、蛍光灯のある風景で、きれいだとか美しいと感じる時があるんですよ。特に街灯なんかでは、蛍光灯だからこそ出せたっていう色合いとか雰囲気とか恐怖感とか、、、そういうものがありますよ

BS:蛍光灯の再発見。

21-16.jpg

KN:そう。でももちろん「蛍光灯ならなんでも」って撮ってる訳ではなくて、良いと感じるものを選んでるわけです。使い方と感じ方ですよね。もっとかっこ いい蛍光灯の使い方の工夫はあると思っていますよ。ただ明

るさだけを追求したような洪水状態の使い方が多いですよね。コンビニもそうですけれど。。。景色 の陰影を消し去ってしまって、ホッとできなくて、気恥ずかしいような。。。でもこれは、蛍光灯そのものだけでなくて、周りの風景だとか闇だとか、いろいろ なものとのコンビネーションで変化するものですけれど。それから、「闇を撮る」とは言っても、カメラでは「闇の中の光を撮る」ということになる訳で、そう いう意味では蛍光灯も、裸電球も、夕焼けも、月の光も僕にとっては同列なんです。どれが偉いってことはないんですよ。すべて景色の陰影や奥行きを感じさせ る光景を闇の中に追い求めたのが今回の写真本「逢魔が時」です。闇がなくなったように思われがちですが、実際闇を探し求めて日本各地に行ってみると、いろ いろな場所でいろいろな闇景色が待ち受けていたんです。

21-17.jpg

BS:中里さんは何に惹かれてシャッターを押すんでしょうか?

KN:そうですね~。日ごろ見落としているかもしれないちょっとした景色の中にあるカッコ良さを発見したいんですね。ずっと残るような記憶を揺さぶる景色でもあると思う。時代の流行とかシンボリックなものを追って、作品としていくことにはあまり興味がないんです。今まで撮ってきた「小屋」や「闇」など暮らしている日常の隙間から、ものすごく深い発見ができたり感動ができたりすることがあるんですそんな素晴らしい景色が、この国にはまだまだ眠っていますよ


21-18.jpg

今回は、「散歩の達人」連載第6話(最終回)の取材に同行したインタビューだった。湾岸から奥多摩まで東京中をさすらう 小屋は、拾ったりもらったりして集めた廃材や木切れ、さびたトタンなどでできていて、全てのパーツがそれぞれ独自のストーリーを持っているかのようだっ た。写真家中里和人と体験作家中野純、そして数人のボランティアはこのクルマに詰め込んで小屋と共にさすらい、風景を選び、丁寧にこれを組み立てていっ た。出来上がった小屋は周囲の風景と何か話しているようだった。

(注)中野純:有限会社さるすべり代表。体験作家。杉並区生まれの黒髪。中里氏とは「散歩の達人」で「トーキョー借景 動く小屋物語」という6話完結連載 で協同。著書に「闇を歩く」(アスペクト)、「ヒトの鳴き声」(NTT出版)など。現在、中里氏と共同で、雑誌「コンフォルト」で「日本の闇々」連載中。

写真上・中・右:「逢魔が時」(ピエ・ブックス)他より



<中里和人>
1956年三重県産まれ、 写真家。法政大学文学部地理学科卒業。
今までに雑誌「コンフォルト」、「STUDIO VOICE」、「Memo」、「散歩の達人」などに連載多数。
写真集に「湾岸原野」(六興出版)、「小屋--働く建築--」(INAX出版)、「小屋の肖 像」(メディアファクトリー)、「キリコの街」(ワイズ出版)、「逢魔が時」(ピエ・ブックス)。また写真展では、京島の長家、向島の町工場、トルコの カッパドキア洞穴、沖縄那覇農連市場、富士吉田旧土蔵などで会場探しから会場づくりまで自ら行うプロジェクトを多数敢行中。